お侍様 小劇場

     “秋風涼し” (お侍 番外編 109)
 


朝晩は随分と涼しい空気が満ちるようになり。
黎明の青い沈黙を そおと撫でての少しずつ、
朝の訪のい、知らせる光の矢が放たれ、
そこここで翅を開いての明るくなってゆくにつれ。
陽が塗り潰す片っ端から、
土も風も その温みが上がってゆくものだから。

 「…………おや。」

ここ数日は本当にいいお日和が続いていて、
先の連休も、
行楽や様々な行事には打ってつけとなったに違いなく。
大物小物とあった洗濯物の中、
最後に干し出した大判のシーツが何枚か、
風を受けてのこと、
はたはたと大きな旗のようにひるがえる様、
ちょっぴり誇らしげに眺めやってから。
さて、と 戻って来たリビングで、
思いがけないものへと出食わしてしまい、
あらまあと立ち止まってしまった七郎次だったりし。

  「  ………よく寝て。」

土曜に予行演習があって日曜が本番。
昨日の月曜こそが“体育の日”だったが、
その日は撤収と大掃除というスケジュールだった体育祭。
よって、今日と明日とは代休なのだそうで。
朝ご飯前にいつもの素振りをきちんとこなし、
家族3人で朝餉をいただいてのそれから、
家長様の出社を一緒に見送って。
そのままお洗濯を手掛ける七郎次を見やりつつも、
静かにしているようだなと思っておれば。
多少の無茶も一晩でリセット出来る回復力を持ちながらも、
そこはやはり…いつもと違うことをしたからだろう。
起きたばかりという身のはずが、
くうくうと
無心に眠ってしまっておいでの次男坊をソファーに見つけ、
七郎次としては、
あらあらと微笑ましげに見とれてしまうばかり。

 “頑張ってましたものねぇ。”

短距離走にリレーの選手とそれから、
縦割り組分けの応援団員もこなしておいでで。
日頃はブレザータイプの制服姿なのが、
金髪の君だと浮くんじゃないかと思われた、
漆黒の詰襟に白手套と、
チームカラーの長鉢巻きという恰好が。
所作の機敏さもあってのこと、
すこぶるつきに凛々しかったものだから。
あちこちからの携帯のシャッター音が、
なかなか鳴りやまなかったくらい。
その勇姿には、勿論のこと、

 “アタシも見惚れてしまいましたがvv

ついつい自分の頬に手をやって、
くすすと微笑ったおっ母様だが、

 「  〜〜〜。」

少々寝息が変わったようなのへは、
ややや 何かが届いたかな、せっかくの眠りを邪魔したかなと、
ドキドキしつつ胸元押さえ、息までも詰めてしまったりして。
そのまま眠り続けてくれたのへ ほおと胸を撫で下ろし、
ついでにと、静かな寝顔をこっそりと堪能する。

 “……大人っぽいお顔になって来ましたよね。”

額へ淡い陰を落とす金の綿毛や、
今は伏せられているものの、
濁りなぞない紅の玻璃玉のような印象的な双眸といい。
お小さいころはただただ愛らしかったものが、
今は ずんと頼もしいばかりの、立派な剣豪におなり。
色白なことや、端正なお顔がツンと整っておいでなこと、
嫋やかを通り越しての脆弱なほうへと偏らず、
こうまで凛とし、
知的にして玲瓏透徹な趣きに育ってくれようとはと。
そこのところが、
いつもいつでも七郎次には嬉しくってしょうがない。
顔や姿には当人の気概が滲み出るもので、
綺麗で 尚且つ頼もしいという芯の強さが現れているのが、
我がことのように誇らしかったし。
猫っ可愛がりしたのは自分なのにね、
線の細いばかりな坊やになってしまったらどうしよかと案じつつ、
負けん気が強ければ強いで、
ただただ鋭角なばかりな我を張る子になったらなったで、
要らぬ敵が増えたりせぬかと、
気が気じゃあなかった時期もあったが、

 “余計な世話でしたよね。”

寡黙で表情も薄く、
芯の強い子だからか 一人でいるのも平気な様子で。
それがため、
周囲の空気を読むことも、
あんまり大事とは思わずにいるらしく。
そんなでお友達は出来るのだろうか、
都会の子は 我が強いくせに妙なところでセンシティブだから、
勝手に傷つけられたと思い込んだ手合いから、
想いもよらぬ逆恨みをされないかと。
木曽からこちらに出て来て、
高校へと通い出した当初は 随分と気を揉んだ七郎次だったが。
気のよい、あるいは面倒見のいい人々に恵まれたものか、
クラスメートや、
若しくは部活動のほうでのお友達だろう顔触れから、
商店街や隣駅のショッピングモールなどで、
声を掛けられていたり手を振られたりしているようだし。

 『島田くんのお兄さんですか?』

なんてな、こそばゆくなるお声かけ、
七郎次までもが いただくようになったほど。

 “案じる必要なんてありませんでしたね。”

なんてまあ頼もしいことよと思っている割に、
寝顔を見守る七郎次のお顔の、
何とも とろけそうに甘い笑顔であることか。
金のまつげに縁取られたまま
伏し目がちとなった双眸の優しさといい、
すっと通った白い鼻梁の峰の下、
ほのかな笑みを含んだ薄緋の口許の、
品があっての甘い形といい。

 “島田が見ていたら…。”

儂以外にそのような顔を向けるでないという、
何とも大人げない言いようを、
真剣の大真面目に繰り出すに違いないだろし。
そうなる気持ちもようよう判ると、
自然な寝顔のその下で、
こそりと思ってしまった久蔵殿だったりしたようです。





   〜Fine〜  11.10.11.


  *タヌキ寝入りは、
   島田家の総代や長クラスには必須の技なようです。

   「ホンマやなぁ。
    どっかの若社長も、見事に得意技としてはるし。」

   「おいおい、
    管理職がそんなんでは あかんやんか。」

   「そこでお前が意見するんは、
    白々しいちゅうとんじゃ、ごら。」

   「そない言うたかて。
    佐伯の坊ンかて、学生時代は、
    寝たまんまで出席取るンへ
    お返事出来とったやんか。」

   「しょうもない漫才はそんくらいにして、
    とっとと会議室へ行きなはれ、二人とも。」

    「おおうっ☆」 × 2

   今日のところは如月くんの勝ちvv
(大笑)

めーるふぉーむvv i-kuzu.jpg

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